はじめに

(※hoge:翻訳元のオリジナルの章ではBungie?とそれがリリースしたMarathonの興隆と斜陽、そしてAlephOneの誕生を簡潔にしてダイナミックに説明しています。)

 長く、そしてあちこちを経由して、AlephOneが1993年8月に小さなゲームアプリケーションとして帰ってきました。そこは草の根の間のさらに隙間の市場で、新参者によってもたらされました。Bungie?が「Pathways into Darkness」をリリースしたとき、それはMacにおいて初めてとなる、Doom風の3D一人者視点シューティングゲームでした。(※hoge:Doomは最初DOSで出ていたようですね。)PathwaysはMacのゲーム業界における先駆者に留まりませんでした。そして、そのような考えは次に控える「Marathon」にも向けられました。Marathonはもはや3D一人称シューティングのもうひとつの模範(※hoge:もうひとつはDOOM。)へと成長し、マックのゲーム好きの人たちへ、本当に良い物をもたらしました。それを見てMac使い以外の人も高い関心を持ったものです。しかし、Marathonはまた、Macでしか遊べないゲームでもありました。

 1995年、Bungie?は彼らの売れ筋の続編である「Marathon 2:Durandal」を打ち立てました。Marathon2はMarathon号という舞台を離れ、ストーリーを見ても、描画エンジン操作技術を見ても、まったく新しい物へと変化しました。Marathon2はMacintoshのマシンパワーの飛躍を見せ付けるかのように、環境(※hoge:環境音や背景画像の充実などかと。)要素を追加し、音質も向上させました。Marathonは静寂こそが特徴のひとつでしたが、Durandalは機械音や装置が発する音をシャワーのようにプレイヤーに投げかけました。あなたたちはゲーム中、リフトが昇降する音を、角を曲がって実際のリフトを目撃する前にさえ聞くことができます。Marathon2は、Windows95に移植され、Windowsの領域に飛び込んだ(製品版としては)最初で最後の作品です。

 「Marathon Infinity」は遊びをさらに広げる作品としてもたらされました。テクスチャの改善、新しい武器、そして冷酷ですらある雰囲気の中にたたずむ敵の存在。Marathon Infinityはゲームに加えて「Forge」をもたらしました。これはBungie?が実際にMap作成で使用したツールです。Infinityはシリーズをまとめる存在でもありました。また、これはWindowsバージョンが存在しません。(Bungie?が次にWindows市場に参画するとなれば、Mythが成功したあとにでもなるのではないでしょうか。)InfinityMarathonのストーリー三部作の最後の章でもあります1。旅の終わりを目の当たりにして、Macのゲーマー達はWindowsという広く大きい世界へと乗り移っていきました。

 Bungie?Marathon3部作を大成功させた後は、Marathonについては開発を止めてしまいました。InfinityMarathonストーリーの最後であり、他の作品である「Myth」や「MythⅡ」、「Oni」へ目を向けさせるための作戦でもありました。これらはWindows、Mac、両方で遊べるものだったからです。MythはBungie?の本当の成功の始まりであることを見せました。そして、この初動がBungie?をしてMicrosoftに目をつけられて買収、そして開発技術を「XBox」に集中させることとなったのです。

 Bungie?が独立したゲーム開発会社として最後に行ったことは、Marathonのソースコードを一般に公開することでした。彼らが過去に長年掲げた誇るべき作品は隠居の時期を迎えたことになったのです。Mac使用者はこれを賞賛しました。しかし、賞賛するだけでは何も進まない。小さなグループが発足し、苦労と努力を重ねてコードを読み取り、「Aleph One」という名前でゲーム開発を再出発させました。AlephOneMarathonの伝統に基づきながらも、より多様な機能を付加し2、OpenGLによる素晴らしいグラフィックを見せつけ、より広いプラットフォームにおけるプレイを可能にしました。また、Bungie?がかつて独りでやっていたときよりも多くの観客、参加者を集めることになったのです。

AlephOneへようこそ。